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東京地方裁判所 平成9年(ワ)12183号 判決 1999年6月10日

甲事件原告 亡A訴訟承継人 B(以下「原告B」という。)

甲事件原告 亡A訴訟承継人 C(以下「原告C」という。)

乙事件被告 D(以下「被告D」という。)

右三名訴訟代理人弁護士 山川一陽

同 千田洋子

甲事件被告兼乙事件原告 株式会社東京三菱銀行(以下「被告銀行」という。)

右代表者代表取締役 E

右訴訟代理人弁護士 石本哲敏

同 小野孝男

右訴訟復代理人弁護士 湯尻淳也

同 中村規代実

主文

一  被告銀行は、甲事件原告らに対し、別紙物件目録<省略>一及び二の不動産につきなされた別紙登記目録<省略>の根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

二  被告Dは、被告銀行に対し、金一億五一一二万三八〇八円及び内金一億二一四一万二七三三円に対する平成八年六月一三日から支払済みまで年一四パーセントの割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、両事件を通じてこれを二分し、その一を被告Dの負担とし、その余を被告銀行の負担とする。

四  この判決は、第二項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

【甲事件】

一  主文第一項と同旨。

二  訴訟費用は被告銀行の負担とする。

【乙事件】

一  主文第二項と同旨。

二  訴訟費用は被告Dの負担とする。

三  仮執行宣言

第二事案の概要

本件は、訴外F(以下「F」という。)の被告銀行に対する金銭消費貸借上の債務につき、被告Dが連帯保証したと主張する被告銀行が、被告Dに対して連帯保証債務の履行を求めている事案(乙事件)と、右に関連して、甲事件の元原告であった亡A(以下「A」という。)の所有していた別紙物件目録一及び二<省略>の土地建物の所有権を相続により取得した甲事件原告らが、所有権による妨害排除請求権に基づき、右不動産についてなされた被告銀行を権利者とする別紙登記目録<省略>の根抵当権設定登記の抹消登記手続を求めている事案(甲事件)である。

一  証拠によって容易に認められる事実(証拠の記載のない事実については当事者間に争いがない。)

1  Aは、別紙物件目録一及び二<省略>の不動産(以下「本件土地建物」という。)を所有していた。

2  原告Cは、Aの長男であるG(平成四年一二月七日死亡、以下「G」という。)の妻であり、平成九年一月二三日にAと養子縁組をした結果、同人の養子でもある。(甲四、五)

被告Dは、Gと原告Cとの長女であるが、平成二年二月一八日、Fと婚姻したものの、平成五年四月二三日には同人と協議離婚した(甲五ないし七)。

原告Bは、Gと原告Cとの二女である。(甲五)

3  Aが平成九年九月三〇日死亡した結果、本件土地建物の所有権は、原告Cと原告Bとが各持分二分の一ずつ相続した。(甲九、一四ないし一六)

4  Fは、平成二年六月一四日、被告銀行との間で、銀行取引約定書を締結し、次のとおり合意した。(乙八)

(一) 遅延損害金 年一四パーセント(年三六五日の日割計算)

(二) 期限の利益の喪失 住所変更の届出を怠るなど借主の責めに帰すべき事由によって、貸主に借主の所在が不明となったときは、通知なくして契約は終了し、借主は直ちに元利金を支払う。

さらに、Fは、平成二年一〇月二九日、被告銀行に対し、当座貸越専用口座の開設を依頼し、同日、被告銀行との間で貸越元本極度額を金一億二五〇〇万円とする当座貸越契約(以下「本件当座貸越契約」という。)を締結した。(乙二、三)

5  被告銀行は、Fに対し、平成二年六月一四日に金一二〇〇万円を後記(一)の条件(証書貸付)で、同年一〇月二九日に金一億一八〇〇万円、平成三年一月二九日に金七〇〇万円をそれぞれ後記(二)の条件(当座貸越)で貸し付けた(以下、順に「本件証書貸付」、「本件当座貸越一」、「本件当座貸越二」という。)。

(乙九、二一)

(一) 証書貸付

(1) 利息 当初利率年七・六パーセント(年三六五日の日割計算)

(2) 返済方法 平成五年六月一四日限り一括返済

(3) 利払方法 借入日に当月分を前払いし、以後毎月末日限り翌月分を前払いする。

(4) 遅延損害金 年一四パーセント(年三六五日の日割計算)

(二) 当座貸越

(1) 利息 貸主の定める利率で貸主所定の方法により計算するものとする。

(2) 返済方法 平成三年一〇月二九日限り一括返済

ただし、期限の前日までに当事者の一方から別段の意思表示がない場合には、さらに一年間延長するものとし、以後も同様とする。

(3) 利払方法 借入日に三か月分を前払いし、以後三か月毎に翌三か月分を前払いする。

6  Fは、平成八年六月一二日付で住民票を職権消除され、同人の責めに帰すべき事由により被告銀行に所在が不明となったことから、本件当座貸越一及び本件当座貸越二について、それぞれ期限の利益を喪失した。

その結果、被告銀行は、平成九年一〇月一六日現在で、次のとおりの債権を有している。

(一) 元本残高 合計金一億二一四一万二七三三円

(1) 本件当座貸越一 金一億一八〇〇万円

(2) 本件当座貸越二 金三四一万二七三三円

(二) 未払利息 合計金二九七一万一〇七五円

(1) 本件証書貸付 金四九万〇七四五円

(2) 本件当座貸越一 金二八二九万二五二〇円

(3) 本件当座貸越二 金九二万七八一〇円

(三) 未確定遅延損害金

本件当座貸越一及び本件当座貸越二の残元本合計金一億二一四一万二七三三円に対する平成八年六月一三日から支払済みまで年一四パーセント(年三六五日の日割計算)の割合による金員

(乙二一、弁論の全趣旨)

7  被告銀行は、本件土地建物につき東京法務局世田谷出張所平成二年一〇月三〇日受付第五四三六二号をもって、債務者をF、極度額を金一億三八〇〇万円とする別紙登記目録<省略>の根抵当権設定登記(以下「本件登記」という。)を経由している。

なお、被告銀行は、合併に伴いその商号を「株式会社三菱銀行」から「株式会社東京三菱銀行」へ変更した。

二  争点

1  Aと被告銀行との間に、本件登記の原因たる根抵当権設定契約(以下「本件根抵当権設定契約」という。)が成立しているか。

(被告銀行の主張)

(一) A本人による契約

Aは、平成二年一〇月二九日、被告銀行との間で、Fの被告銀行に対する本件当座貸越契約に基づく債務を連帯して保証する旨の連帯保証契約(以下「本件連帯保証契約」という。)を締結するとともに、本件土地建物について、極度額を金一億三八〇〇万円、債権の範囲を銀行取引、手形債権、小切手債権、債務者をF、根抵当権者を被告銀行とする本件根抵当権設定契約を締結した。

(二) Fによる代理契約

被告銀行は、平成二年一〇月二九日、Fとの間で、本件根抵当権設定契約を締結した。

Aは、これに先立って、Fに対し、本件根抵当権設定契約の締結について署名の代行の方法による代理権を与えた。

Fは、本件根抵当権設定契約締結に際して、被告銀行に対し、Aのためにすることを表示した。

(三) 民法一〇九条の表見代理

仮に、AがFに対して代理権を授与していなかったとしても、本件根抵当権設定契約締結に先立って、Aは、Gを介して被告銀行に対して、Fに本件根抵当権設定契約の締結についての代理権を授与した旨表示した。

被告銀行は、本人しか持ち出すことのできない実印、印鑑登録証明書、登記済証、建築確認通知書等をFが所持していたこと、FはAと同居しておらず、Aの承諾なしではこれらの書面等の持出は通常困難であること、A家の財産を管理していたGから担保差し入れについて承諾を受けていたことなどの事情に照らせば、被告銀行がFに権限ありと信じたことについては正当事由がある。

したがって、民法一〇九条の表見代理により、本件根抵当権設定契約は、有効にAに効果帰属する。

(甲事件原告らの主張)

(一) Aは、被告銀行との間で本件根抵当権設定契約を締結したことはない。

Aは、明治三七年三月四日生まれで、平成二年一〇月二九日当時八六歳であったが、被告銀行築地支店へ行ったこともないし、同支店の担当者が、Aの住居に来たこともなく、勿論、担当者に会ったこともない。

また、Aは当然のことながら、本件連帯保証契約及び本件根抵当権設定契約を締結することについて、被告銀行の誰からも意思確認をされたことがない。

(二) Aは、Fに対し、本件根抵当権設定契約についての代理権を与えたことはないし、Gを介して被告銀行に対して、Fに本件根抵当権設定契約の締結についての代理権を授与した旨表示したこともない。

(三) また、Aは、自らの財産は自分で管理しており、GがA家の財産を管理していた事実はないし、FはAとは同居していなかったが、平成二年一〇月当時はGが入院加療中であったため、家人が留守がちであったが、原告ら宅は、日中は玄関には鍵をかけておかない習慣であったうえ、Fも被告Dの夫であったため、玄関の鍵を保持しており、いつでも原告ら宅に入ることができた。

2  被告Dの連帯保証意思の有無

(被告銀行の主張)

(一) 被告Dは、平成二年六月一四日、被告銀行に対し、Fの被告銀行に対する本件証書貸付にかかる金銭消費貸借契約上の債務を連帯保証した。

(二) さらに、被告Dは、平成二年一〇月二九日、被告銀行に対し、Fの被告銀行に対する本件当座貸越契約に基づく債務を連帯保証した。

(三) 被告銀行は、平成三年三月二九日ころ及び平成四年三月二九日ころにも、被告Dに対し、保証意思を確認している。特に、平成三年三月二九日付の保証書(乙一二)は、保証限度額も被告D自身が記入した。

(被告Dの主張)

(一) 被告Dは、Fとの結婚の約五か月後の平成二年七月一六日に、父Gが心臓疾患(僧帽弁狭窄症、三尖弁閉鎖不全症)で入院して一旦退院したものの、その後、同年九月一〇日に再入院し、同年一〇月三〇日に僧帽弁置換術及び三尖弁輪縫縮術が施行されたことから、この頃、妊娠中の身でありながら(翌三年○月○日、Fとの間にH誕生)、母原告Cとともに、Gの看病、家業の手伝い、祖父A・祖母亡Iの世話、家事等に大わらわの毎日だった。

(二) 右の最中に、被告Dは、Fから書面に署名・押印するよう要請され、何も考えずに署名押印した。今思い出しても、被告Dには、署名・押印した用紙は白紙だったとしか思い出せない。

なお、平成二年六月一四日付金銭消費貸借契約書(乙九)中の連帯保証人欄の署名については、「D」の字が被告Dの筆跡であることは認めるが、被告Dにはこれを書いた記憶がない。

(三) Gは、平成二年一一月二〇日の退院後、平成三年一一月二七日に再入院し、同年一二月二〇日には食道癌摘出手術を受け、平成四年三月一三日に一時退院した。

右の間に、被告銀行の担当者が、被告D宅を訪問し、書面に署名・押印するよう求めた。被告Dは、当日事前に、Fに電話で指示されていたので、これに署名・押印したが、その用紙は葉書より少し大きいもので、何か記載されていたものの、署名・押印するに際し、内容を全く読まなかったので、何が記載されていたかは覚えていない。

(四) したがって、被告Dは、本件証書貸付や本件当座貸越一、二に基づくFの被告銀行に対する債務を連帯保証したことはない。

第三争点に対する判断

一  争点1(根抵当権設定契約の成否)について

1  被告銀行が本件根抵当権設定契約の証拠として提出した根抵当権設定契約証書(乙一)の根抵当権設定者兼連帯保証人欄には、A名の署名押印が存するところ、乙四(Aの印鑑登録証明書)及び弁論の全趣旨によれば、A名下の印影がAの印鑑によって顕出されたものと認められるから、反証のない限り、その印影はAの意思に基づいて顕出されたものと事実上推定することができ、その結果右書面は真正に成立したものと推定されることとなる。

2  そこで、以下においては右反証の成否について検討する。

(一) <証拠省略>及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(1) 被告銀行(築地支店)は、Fの父親で、税理士事務所を経営していたJ(以下「J」という。)と取引があり、K(以下「K」という。)がその担当者であった(平成三年五月の同人の転勤までの間)。

Kは、FがJの二男であり、Jが経営する税理士事務所の経営を手伝っていたため、Fとも、Jの事務所で顔を合わせており、平成二年二月に行われたFと被告Dの結婚披露パーティーにも招待を受け、被告銀行の担当者として出席したことから、被告Dの父であるGとも面識を得た。

(2) Fは、平成二年九月に、被告銀行(K)に対して、融資申入れをした。

Fの融資申入れは、親密な建築業者である新関建設株式会社から、麻布か六本木にディスコ場の共同経営をしないかとの打診を受け、F自身が経営してみたいとして、そのための投資資金というものであった。

しかしながら、借入期間が一〇年程度という長期であること、業種も被告銀行の融資としては不適切であることから、Kは、その場では応じられない旨の回答をした。

右申入れの二、三日後、右ディスコ場投資案件の内容が変更となり、ディスコ場経営会社は別に決定し、Fは、ディスコ場の内装工事・音響設備等の立替資金を建設業者に対して、工事完了までの間、投資の形で融通し、約一〇か月で投資資金は確実に回収を見込めるということで、Fから改めて被告銀行(K)に対し、金一億二五〇〇万円の融資申込があった。

Kは、期間が短期でもあることから、右融資申込に応じる方向で検討を始め、Fに対し、差入担保条件を聞いたところ、Fから妻(被告D)の実家が所有する築地のマンションを担保に入れることができるとの説明であったので、ディスコ場事業に関する資料の提出を求めるとともに、担保面を調査することにした。

(3) Kは、翌日、築地のマンションの時価調査の結果、被告銀行の規定によると融資申込金額に対し担保不足となることが判明したので、Fに電話をして、築地のマンションを担保としての融資は難しい旨を回答した。Fは、築地のマンションの担保差入は義父Gの了解を得ているが、別担保となると被告Dの実家である奥沢の自宅(本件土地建物)しかない旨答えた。

その数日後、Fから被告銀行に対し、築地のマンション及び本件土地建物の不動産登記簿が提出され、右両物件について担保評価依頼がなされたため、Kは、不動産評価会社に依頼して評価を行ったところ、本件土地建物については、道路付に問題があり、建築確認書かあるいは、測量図面が必要であったことから、Fに連絡したところ、Fから建築確認書が提出された。

評価会社の評価によると、やはり築地マンションでは担保不足であり、本件土地建物であれば担保規定に合致するとの結論になったので、Kがこの結論をFに話したところ、Fからは本件土地建物を担保差入することは義父に了解してもらう必要があり、時間がほしい旨の回答があった。

(4) Kは、その数日後、Gと名乗るものから電話を受け、同人からは、築地のマンションの担保差し入れは結構であるので、築地のマンションのみでFへの融資をしてほしい旨の申入れがあったので、同人に対し、担保の評価額等を説明し、Fへの融資は本件土地建物の担保差入が絶対条件であることを説明したところ、もう一度Fから事情を聞いて検討するというやりとりがなされ、さらにその数日後、Fから、Gの了解が得られたので担保設定書類等を用意してほしいとの電話連絡を受けた。

(5) Kは、平成二年一〇月二二日ころ、Jの事務所において、F及びDに対し、融資関係書類の説明をしたうえで、面前で、当座貸越専用口座開設依頼書(乙三)、当座貸越約定書(乙二)、根抵当権設定契約証書(乙一)に署名押印して貰い、根抵当権設定契約証書については、担保設定者の署名する箇所を説明してこれを交付し、担保設定にはAの印鑑登録証明書と本件土地建物の登記済証とが必要である旨を説明した。

(6) それから約一週間後の同月二九日ころ、Kは、Fから、当事者として必要とされるA、G、F、Dの署名捺印(いずれも実印と認められる。)がなされた前記の当座貸越専用口座開設依頼書、当座貸越約定書、根抵当権設定契約証書(保証書を含む)、及びそれぞれの印鑑登録証明書、本件建物の登記済証等が提出されたので、本件土地建物についての担保権設定手続を行った。

なお、Kは、GやAに対し、直接には、連帯保証人になることや根抵当権設定についての意思確認を行っていない。

(7) ところで、Gは、平成二年九月一〇日に僧帽弁狭窄症、三尖弁閉鎖不全症で国立東京第二病院に入院しており、同年一〇月三〇日には、僧帽弁置換術及び三尖弁輪縫縮術の手術を受け、同年一一月二〇日に同病院を退院している(甲一一)。

(8) また、A所有の不動産については、地上げにあった築地の旧自宅についての昭和六〇年七月一日付売買契約(甲一八の1、2)、その代替地である本件土地についての同年七月三〇日付売買契約(甲一九の1、2)、A家の家業であるaケースの職場用の代替物件である築地のマンションについての同年一一月六日付売買契約(甲二〇)、職場を本件建物一階に移転して以降の右マンションの昭和六三年三月一日付賃貸借契約(甲二一)など、いずれもAが自ら契約当事者となり契約書に自署押印して締結している。

また、本件根抵当権設定契約が締結された平成二年一〇月二九日の約七、八か月前の右賃貸借契約の更新契約も、A自身が契約書に自署して締結している(甲二二)。

右賃貸借契約の賃料収入が月に一〇万円程度あったが、これは、Aが、妻Iとの小遣いや、病気であった三男Lの費用等に使っていた。

(9) Aは、平成九年六月一一日、渋谷公証役場に赴き、同日付の同人作成の陳述書につき、公証人の認証を受けた(甲三)が、当時九三歳という高齢であったが、高血圧症で大和内科醫院において加療中であったものの、惚けや痴呆の症状はなかった(甲一〇、一三)。

(10) Aは、実印や印鑑登録カードはサイドボードの中の手提げ金庫に入れていたが、右金庫には鍵がかかっていなかったし、登記済証や契約書等の大切な書類は封筒にまとめて入れてあり、いずれも本件建物の一階の妻Iと一緒の自分の部屋(甲二六)に置いていたが、Fは、右保管場所を知っていた。

また、Gは、実印は仕事場の机の抽斗に、印鑑登録カードはアタッシュケースに入れて、それぞれ保管していたが、小切手の振出しに実印を使用していたので、Fは、どれが実印かは知っていたし、仕事場にも出入りして仕事を手伝っていたこともあった。

(11) Fは、Dと結婚した平成二年二月以来、Dの実家である本件建物を度々訪れ、ここで週末を過ごすことも多く、合い鍵も持っていた。

(二) 右の認定事実に基づいて、Aの印影が同人の意思に基づいて顕出されたものであるか否か検討する。

(1) Kは、①A本人しか持ち出すことのできない登記済証、実印、印鑑登録証明書、建築確認書などが提出されたこと、②FはA家に同居していないから、無断持出は考えられないこと、③A家の実権者であるGから担保差入れ意思があることを確認済みであること、④A家の利害関係を代表して被告Dが同席して面前自署していることなどから、本件根抵当権はA本人の真意に基づき設定されたものである旨供述する。

(2) しかしながら、本件根抵当権設定契約証書のAの署名は、同人自身がなした他の契約書の署名と明らかに異なっており、A本人は本件根抵当権設定契約証書への署名押印は明確にこれを否定しており(甲三)、K自身もAに意思確認をしていないことは認めている。

(3) Kは、GがA家の実権者であるというのであるが、前記認定のとおり、Aの財産はすべてAが自ら管理し、自分自身で契約を締結していたのであり、また、Gの意思を確認したと言うものの、電話によるものであるうえ、こちらから架けたものではなく、相手から架かってきたものであり、その者がGと名乗ったに過ぎないのであって、しかも、築地のマンションについての話であって、本件土地建物の担保差し入れについて同意したものでもないのであるから、右電話をもって、本件土地建物の担保設定に関してGの意思を確認したものとは到底認められない。

(4) さらに、被告Dは、結婚してFの妻となっているのであるから、被告DをA家の代表者と見るのは相当でないことは言うまでもないのであって、孫の結婚したばかりの夫のために一家の生活の本拠地である自宅を担保提供するにはそれなりの経済的背景が存するのが通常であるところ、本件においては被告銀行はかかる調査はまったく行っておらず、かつ、証拠によっても何ら特段の背景事情は認められない。

(5) そのうえ、Fは、A家に同居はしていないものの、その合い鍵を有しており、また、被告Dは里帰りということで、両名はいつでも実家に自由に出入りすることもできるのであって、本件登記前後にあっては、Gの入院、手術等もあって、自宅が留守になることも多かったのであるから、Fあるいは被告Dが本件土地建物の登記済証や建築確認書、印鑑や印鑑登録カード等を持ち出すことも困難ではなかったことが窺われる。

これらの事情を総合すると、本件根抵当権設定契約証書等のAの印影は、Fによって顕出された可能性が高く、Aの意思に基づいて顕出されたものとの推定を左右するに足りる相当の根拠があると言うべきである。

3  被告銀行は、Aは、平成二年一〇月二九日までに、Fに対し、本件根抵当権設定契約の締結について署名の代行の方法による代理権を与えた旨主張するが、かかる事実を認めるに足りる的確な証拠はないから、右の主張も採用することができない。

4  さらに、被告銀行は、本件根抵当権設定契約は、民法一〇九条の表見代理により、Aに効果帰属すると主張する。

しかしながら、前記認定事実及び前記検討結果によれば、Aが、被告銀行の担当者に対し、Fに代理権を授与する旨の意思を直接表示したことはないことはもとより、その所有にかかる本件土地建物に、Fの被告銀行に対する債務を担保するため、根抵当権を設定する意思があることを表示したこともないことが認められ、かかる事実のもとでは、FがAの印鑑登録証明書、登記済証、建築確認通知書等を持参して、契約を締結したことが認められても、その事実をもって、Aがその意思に基づき被告銀行に対し、Fに本件代理権授与の表示をしたものと解するには十分でなく、他にこれを認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。

したがって、その余の点につき判断するまでもなく、被告銀行の右主張は理由がない。

5  以上の結果、本件根抵当権設定契約証書は、真正に成立したものと認めることはできず、他に本件根抵当権設定の事実を認めるに足りる証拠は存しないから、本件登記は、その原因が認められず、無効なものであるから、甲事件原告らのその抹消を求める請求は理由があるからこれを認容することとする。

二  争点2(被告Dの保証意思の有無)について

1  金銭消費貸借契約証書(乙九)、当座貸越専用口座開設依頼書(乙三)、当座貸越(専用口座)約定書(乙二)、保証極度変更追約書(乙一四)、保証期限延期追約書(乙一五)の各連帯保証人欄の被告Dの署名について、これらが被告Dの自署であることは、当事者間に争いはない。

2  これに対し、被告Dは、Fから言われるまま、書面の内容も読まないまま署名したのであって、債務保証の意思を有していなかった旨主張する。

しかしながら、証拠(甲五、三〇、三七、四一、被告D)及び弁論の全趣旨によれば、被告Dは、昭和三七年○月生まれで、短期大学に進学したものの、家業が不景気になったことから中退してGの友人の会社に就職し、昭和五九年七月、聖路加国際病院眼科に転職し、Fと結婚するまでの間、診療助手として勤務していたが、その間OMA(眼科診療助手)の試験にも合格しており、最初の貸付である本件証書貸付当時は満二七歳であったことが認められるのであって、右のような学歴、職業経験、年齢等に照らして、被告Dには、書面に署名することの意味は十分理解する能力を有しているものと認められるのであって、逐一各書面の細かい内容を確認しなかったとしても、同人が書面の意味内容を理解しないまま連帯保証人欄に署名するということは有り得ないというべきである。

また、被告D本人は、当座貸越専用口座開設依頼書(乙三)及び当座貸越(専用口座)約定書(乙二)に署名した当時、右各契約書は不動文字の印刷もないまったくの白紙であった旨供述するのであるが、右各契約書には体裁として、不自然なところは特に見受けられないばかりか(署名部分にあわせて後に文字を印刷するということは到底考えられない。)、仮に署名当時白紙であったとするなら、右各契約書がなぜ奥沢の自宅で作成したものであると特定できるのか、かえって不自然、不可解であると言わざるを得ないことからしても、被告Dの右供述は採用できない。

3  したがって、被告Dの主張には理由がなく、前記認定事実、<証拠省略>並びに弁論の全趣旨を総合すれば、被告Dが本件証書貸付及び本件当座貸越一、二について、Fを連帯保証したことが認められ、これを左右するに足りる証拠は存しない。

4  以上の結果、被告銀行の被告Dに対する請求は、理由があるからこれを認容することとする。

三  なお、被告Dは、他に、①公序良俗違反による無効、②信義則違反ないしは権利濫用、③錯誤による無効、④被告銀行の説明義務違反、⑤Fによる詐欺、⑥不法行為、⑦過失相殺等主張するが、いずれも主張自体が抽象的であって具体性を有しないうえ、本件全証拠によっても、右主張に副う事実を認めるには至らない。

四  結論

以上の次第で、甲事件原告らの請求及び乙事件原告(被告銀行)の請求はそれぞれ全部理由があるから、これらをいずれも認容することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 村岡寛)

<以下省略>

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